米国の労働市場に年初から初めての亀裂が生じた。1月の失業者数が世界金融危機以来の最高水準に達したのだ。これまでのメディア報道では「採用抑制だが解雇は抑制」という描写が目立っていたが、チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマス社のデータが示すのは、解雇のペースが加速しているという現実である。数ヶ月続いた賃金の堅調さと労働力需給の逼迫から、経営者がより守勢的な姿勢へと転じつつある。これは経済の底力への自信が揺らぎ始めたことを示唆する重要な転機である。
この減速ナラティブを複雑化させるのがイランをめぐる地政学的リスクの急速な高まりだ。地域情勢の緊迫化は原油価格を大きく押し上げ、従来の経済メカニズムを迂回して直接的な供給ショックをもたらしている。エアアジアからカンタス航空まで、世界の航空会社は早速運賃値上げと燃料サーチャージを導入し、コストを消費者に転嫁しており、紛争の激化や長期化となれば、ジェット燃料不足の懸念がさらに強まる可能性がある。
インフレーションへの影響は看過できない。エネルギーは運輸と製造業の重要な要素であり、航空運賃の値上げは消費者の他の消費判断まで左右する傾向が強い。インフレの再燃を警戒する政策当局者にとって、このような外生ショックが襲いかかるタイミングは極めて微妙である。通常であれば労働市場の軟化は利下げを示唆し、原油由来のインフレは金利据え置きを求める。この相反する圧力により各中央銀行の政策対応の幅は狭まり、雇用動向だけからは正当化されない長期の金利据え置きを余儀なくされるおそれがある。
政策対応は各国で異なる。英国の自治体は食糧援助を9月まで延長する判断をし、生活費圧力の根強さを認識している。規制当局も児童安全対策を中心としたデジタル・プラットフォームの監視を強化しており、既に逼迫している技術セクターにコンプライアンスコストを追加している。地政学的には米国が供給網の脆弱性に目を光らせ、詐欺スキームに関わる北朝鮮IT労働者を対象とした制裁を発動した。
市場と経済成長の見通しは暗い。雇用成長の減速は消費者所得と信頼感を蝕む一方で、エネルギーコストは上昇している。航空と運輸業は利幅の圧縮に直面し、消費者向けビジネスは高い価格帯での需要喪失を見込む必要がある。弱い成長と根強いインフレが並存するスタグフレーションのリスクが浮上しており、政策当局者はこのシナリオに対応する有効な手段をほとんど持たないのが実情である。